連載10
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ザ・ライトスタッフオフィス「漢字研究会」

第三章 知っておきたい三文字熟語


《「あらゆるものに魂が宿るアニミズム的世界です。八百万(やおよろず)の神を信じてきた日本人にはわかりやすいでしょう」。講師の言葉に聴衆がうなずく》(読売新聞二〇〇五年六月一日付 正木晃・慶応大講師(宗教学)の「千と千尋の神隠し」(宮崎駿監督)についての発言より)
やおよろず〉「八百万」は文字通り数が多いという意味。「八百万の神」の中には皇室の祖先神である天照大神をはじめ、七福神や河童、福助、招き猫など、日本人の生活に深くなじんでいる神さまたちが含まれる。

《暖かくなると、虫は活発に動く。家の中を飛び回るハエは実にうっとうしい。「五月蠅い」と書いて「うるさい」と読む》(読売新聞二〇〇五年三月一二日付 『[暮らしのバイオ研究所]ハエ』より)
うるさ・い〉「五月蠅」は初夏に群がるハエのことで、五月ともなると、ハエがブンブンとうるさく飛び回ることから、「五月蠅い」と書いて「うるさい」と読ませるようになったといわれている。では、「五月蠅なす」はどう読むのか? もちろん「うるさなす」ではない。〈さばえ・なす〉と読むのが正解。「なす」は、「……のように」という意味で、転じて「五月蠅のように騒がしい」様子を表す慣用句副詞となった。

《岡田監督は「リズムがいいから攻撃も入りやすい。守りもよかった」。6回を投げて3安打、無失点。打たせて取る投球の真骨頂が、75球に凝縮されていた》(読売新聞二〇〇五年五月三一日付 活躍する阪神・下柳選手の活躍について、岡田監督の言葉)
しんこっちょう〉そのものが持つ本来の真実の姿のこと。「彼は営業職のほうが真骨頂を発揮できる」などとつかう。

《塚本邦雄氏は、戦後歌壇に颯爽(さっそう)と登場、鋭く豊潤な独自の言語世界を展開して、その地位を確立した。商社マンとして生計を立てていた時代もあって、短歌の仕事以外では、ディレッタント(好事家)ないしはアマチュアの趣味人とみなされることが多かった》(毎日新聞二〇〇五年六月一〇日付 作家・塚本邦雄氏の死亡記事より)
こうずか〉風変わりなことを好む人、もの好きな人のこと。

《発想の源泉を大学で作りたいな。独特な発想ができる人間、素っ頓狂なことを言う人間を大事にしたい、と思う。そういう人間を育ててほしい》(読売新聞二〇〇五年三月八日付 「大学」をテーマにした増田・岩手県知事、石原・東京都知事らの対談での石原都知事の発言より)
すっとんきょう〉非常に間の抜けた様子を「素っ頓狂」というが、そもそも「頓狂」が出し抜けで、調子はずれなことを意味しており、「素」をつけることで意味を強めている。「素っ頓狂な声を出す」などとつかう。または、ひょうきんでとぼけた人のこと。

《切られ役をやって経験を積み、俳優の気持ちが理解できるようでないと、殺陣師にはなれないと聞いて、大部屋に入ったんです》(読売新聞二〇〇五年一月二四日付 「鬼平犯科帳スペシャル―山吹屋お勝―」に出演する殺陣師・宇仁貫三氏の言葉)
たてし〉「殺陣」は演劇や映画などで演じられる殺人・立ち回り・捕り物などの乱闘シーンのこと。その演技指導にあたるのが「殺陣師」の役割だ。

《捜査が区切りを迎え、今後は、国税当局が先月着手した税務調査に、非上場会社のコクドを頂点とした "伏魔殿" の解明が委ねられる》(読売新聞二〇〇五年三月二三日付 西武鉄道株名義偽装事件の報道より)
ふくまでん〉悪の巣食っている屋敷、悪人が集まっている場所のことで、絶えず陰謀などがたくらまれている場所を意味スル。悪の巣窟。「○○省はまるで伏魔殿だ」などとつかう。

《昔日の栄光の象徴が、サヌア旧市街に残る日干しレンガの摩天楼だ》(読売新聞二〇〇五年五月二八日付 『[世界から](41)イエメン 栄光映す歴史遺産(連載)』より)
まてんろう〉天に届かんばかりの非常に高い建物。特にニューヨークにある高層建築物をいう。

《中世時代、ガマは天台・真言宗の山岳密教の寺院の役割を果たした。修験道の道場となり、岩屋観音(姶良町)や井川観音(垂水市)などが宗教的聖地となった。室温が一定で、近世になると食糧の貯蔵基地に。わき水が豊富で井戸にもなった。農具や肥料を保管する『作小屋』の役目も果たしたようだ》(朝日新聞二〇〇五年四月一六日付 有史以来の「ガマ文化」より)
しゅげんどう〉密教の一派のこと。ある一定期間、山にこもって心身を鍛える行を積む。

《期間中、毎日、江戸太神楽の演奏が行われるほか、8日には内堀広場(雨天時は花木園)でjajaさんによるジャズの演奏が行われ、16、17日は銀座・汐留にちなんだなつかしの唱歌・流行歌を声楽家の岡範子さんが歌う(雨天中止)》(朝日新聞二〇〇五年三月二九日付 浜離宮庭園のイベント紹介の記事より)
だいかぐら〉こっけいなしぐさや口上で見せる獅子舞や曲芸のこと。

《父は竿師(さおし)といって釣り竿職人だった。とにかく仕事に打ち込むその姿は子どもの目からも「父ちゃんは偉いんだ」と思わせてくれた。
 代々竿師で曽祖父が名人と謳(うた)われたので名を汚さぬよう一子相伝の習わしの中で励んでいた》(毎日新聞二〇〇五年六月二二日付 海老名香葉子さんの「わたしとおとうさん」より)
そうそふ〉祖父母の父親。ひいおじいさん。