連載14
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ザ・ライトスタッフオフィス「漢字研究会」

第四章 表現を豊かにする四文字熟語

《式典には在校生約千人と卒業生約200人が出席。小川信幸校長は「先輩たちのように志を立てて不撓不屈(ふとうふくつ)の精神でことにあたってほしい」と式辞を述べた》(二〇〇四年一一月二四日付 高橋尚子選手らが、県岐阜商100周年を祝福したという記事より)
ふとうふくつ〉決意が固く、どんな困難にもくじけないこと。

《フジテレビに対しては、「ニッポン放送とは一蓮托生(いちれんたくしょう)の関係なので、どうすべきか考えておくべきだった」と述べ、フジテレビ側にスキがあったとの認識を示し、「自社の株価の動きに注意するなど、防衛策を考えておくことは経営者の責務だ」と指摘した》(読売新聞二〇〇五年二月二二日付 ライブドアVSフジテレビについての奥田・経団連会長の言葉)
いちれんたくしょう〉良くても悪くても人といっしょに行動して運命を共にすること。もともとは仏教のことばで、死後、極楽浄土でともに同じ蓮の花の上に生まれ変わり、身を託することを意味している。「ふたりは、生きるも死ぬも一蓮托生だ」などとつかう。

《フランスのワイン消費は、健康志向や飲酒運転の厳罰化で減り続けている。80年に成人の47%を占めた「ほぼ毎日飲む」人が00年には24%に半減し、家庭では水に追いやられつつある。生産量こそイタリアと世界一を争うが、仏ワインは輸出市場でも南半球産に押され気味。生産者の内憂外患は続きそうだ》(朝日新聞二〇〇五年二月四日付 『仏「ワイン王国」転落へ 3年後消費量、米が1位』の記事より)
ないゆうがいかん〉内部と外部に悩み事を抱えること。国内問題と国際問題。

《西寺(金剛頂寺)で私が注目したのは、大師堂の前に置かれていた「一粒万倍の釜」でした。それは高さが70センチ、直径が1メートルの、赤さびた大きな釜です》(朝日新聞二〇〇四年二月一三日付 『一粒万倍の釜 民の腹みたす(土佐の霊場伝説めぐり:11)』より)
いちりゅうまんばい〉たった一粒の種から、一万倍もの収穫を得ることから、小さなことで大きな成果をあげることをいう。また、一つの善行が多くの人に恩恵を与えることをいう。「一粒万倍の成功をみる」などとつかう。

《4畳半の浅酌低唱……「粋の境地、情の世界です」。ご果報にあやかりたい》(朝日新聞二〇〇四年四月二九日付 『都々逸(元気遊ぶ)』の記事より
ていしゃくていしょう〉ほどよくお酒をたしなみながら、小声で歌を歌うさま。

《さて、どんな話が喜ばれたか。白髪童顔の父が百三十歳、母が百三十二歳、明眸皓歯(めいぼうこうし)の息子夫婦が百一歳に九十九歳という埼玉の長寿一家の話、あるいは松山で開かれた敬老会に百二十九人が集まったという話、「日本には不老不死の薬があって、かの秦の始皇帝や漢の武帝も人をやって探させたという話が思い起こされる」と結んでいる》(朝日新聞二〇〇四年四月一八日付 「『点石斎画報』にみる明治日本」石暁軍編著の書評記事より)
めいぼうこうし〉澄んだ目と白い歯をしている人のこと。美人のことをいう。

《ボクは退職して1年になりますが、その退職の時、ひそかに誓ったのは「酔生夢死」の暮らしでした。自分の都合のいいように「生きているうちは酔い続け、夢見るように死ぬこと」と解釈して、他人から見ればしまりのない、だらしない暮らしを続けています》(朝日新聞二〇〇四年六月一六日付 『ひそかな誓い、「酔生夢死」だ』より)
すいせいむし〉酒に酔って夢を見ているかのように、一生を無意味に過ごすこと。

《日本相撲協会の貴乃花親方(32=元横綱)が7日、故二子山親方(享年55=元大関貴ノ花)の財産分与について穏便に対処していく考えを示した。財産の一部となる年寄名跡「二子山」の証書の所在が不明であることを明かし、所在確認を含めて今後遺族間で話し合うことになる。タレントの兄勝氏(元横綱3代目若乃花=34)との新たな口論の内容も判明し、兄弟仲のわだかまりは依然くすぶっている》(日刊スポーツ二〇〇五年六月八日付 年寄名跡「二子山」行方不明騒動についての報道より)
としよりみょうせき〉「年寄株」「親方株」などともいわれる。そもそも、力士が引退後、日本相撲協会に残るには、原則として年寄になる必要があるが、協会の「年寄名跡目録」には一〇五の名跡しかない。この年寄名跡は、そのほとんどが明治時代までに成立したものだが、部屋の継承に不可欠であり、また協会から安定した給料を得られることなどから、貸し借りや売買の対象となっている。(ちなみに売買価格は一億数千万円程度ともいわれる)。また、相撲界に多大な功績があった人物に対して送られる該当者一代限りの年寄名跡(一代年寄)もあり、現在、大鵬・北の湖・貴乃花に与えられている。


《異論もあったが、最後は「千載一遇の球が来ているのに打たない手はない」(浅野史郎・宮城県知事)といった声が説得力を持った》(読売新聞二〇〇四年一二月二一日付 政府の三位一体改革に関する報道より)
せんさいいちぐう〉「千載」は千年のこと。千年に一度あるかどうかというほどの、またとない遭遇、という意味。「千載一遇のチャンス」などとつかう。

《喫煙が原因で健康が損なわれたとして、横浜市金沢区の肺がん患者ら3人が国や日本たばこ産業(JT)に計3000万円の損害賠償などを求めた訴訟の第1回口頭弁論が20日、横浜地裁(三木勇次裁判長)であった。(中略)肺がん、肺気腫(きしゅ)で入院中の原告団代表の男性(63)は、車いすで「たばこが原因で死んでも、JTも国も知らんぷり。『自業自得だ』というのは悪魔のせりふとしか思えない」と訴えた》(毎日新聞二〇〇五年四月二一日付 横浜・喫煙損賠訴訟の記事より)
じごうじとく〉自分が行った悪いことが結果的に自分の身に戻ってくること。用  例苦労するのも自業自得だ。

《4月から県弁護士会という“異才の集団”を束ねる。さっそく、司法制度改革という大きな課題に直面、昼夜、仲間の弁護士たちと侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を重ねる》(読売新聞二〇〇五年五月一二日付 栃木県弁護士会長に就任した白井裕己氏の紹介記事より)
かんかんがくがく〉「侃々」は気性が激しく、信念を曲げないこと。また「諤々」は、正しいと思ったことを直言すること。ふたつの語を重ねて、お互いに正しいと思うことを遠慮なく主張し、議論することを意味している。

《会見では、まず、坂本弁護士の“兄貴分”だった岡田尚弁護士が、「被告には、決定を厳粛かつ真摯(しんし)に受け止めてほしい。私たちは坂本弁護士の思いを引き継ぐ」などとする事務所のコメントを読み上げた。
 そのうえで、「判決は予想されていたから、特別な感慨はない」と述べ、「私たちから見れば、(公判は)隔靴掻痒(かっかそうよう)。本当のところはまだ明らかになっていないという思いがある」と、時折、目をつぶり、沈痛な表情で話した》(読売新聞二〇〇五年四月八日付 オウム真理教元幹部・岡崎被告死刑確定を受けての、坂本弁護士が所属していた横浜法律事務所の岡田尚弁護士の言葉)
かっかそうよう〉靴の上から痒いところを掻くことから、思うようにならずじれったいことを意味する。「この事態には隔靴掻痒の思いがする」などとつかう。

《井筒信隆・高野山霊宝館副館長(57)は「徳川家が強大になって、高野山はそれまで関係の深かった豊臣家とのつながりを曖昧模糊(あいまいもこ)にした。徳川と最後まで戦った『淀君』の名はなおさらだった」と話す》(読売新聞・大阪版 二〇〇五年二月二一日付 『[歴史のかたち]戦国一の美女像をみる 描かせたのは悪女か』より)
あいまいもこ〉ものごとがはっきりせず、ぼんやりとしているさま。「状況は曖昧模糊としたままだ」などとつかう。

《東回り単独無寄港世界一周に再挑戦していた海洋冒険家、堀江謙一さん(66)=兵庫県芦屋市=のヨット「SUNTORYマーメイド号」(全長13メートル)が7日午後、約5万キロの航海を終え、出発地の西宮市の新西宮ヨットハーバーに帰還した。(中略)62年に成功した日本人初の太平洋単独横断「太平洋ひとりぼっち」は23歳の時。当時、映画化されるなど国内で大きな話題となったが、その後は決して順風満帆ではなかった》(毎日新聞大阪版六月八日付 堀江謙一氏、東回り単独無寄港世界一周成功の記事より)
じゅんぷうまんぱん〉船が追い風を帆いっぱいに受けて航海するように、すべてのものごとが順調に進むこと。

《四季の風物を描き込もうと、『かわせみ』の所在地を江戸情緒あふれる大川端町(現在の東京都中央区)に設定したのが裏目に出た。「季節や年中行事が一巡すると、1年経過と読まれてしまう。子どもたちが成長すれば、レギュラー陣の年齢も上がらざるを得ない。一時は自縄自縛に陥りました」と、苦笑する》(読売新聞二〇〇五年五月九日付 『御宿かわせみ』が三〇巻を迎えての平岩弓枝氏の言葉)
じじょうじばく〉縄で自分を縛ってしまうことから、自分の日ごろの言動のせいで、自分自身、身動きがとれなくなってしまうことを意味する。

《主人公秋月悌次郎は、「新撰組」の命名者でもある最後の会津藩主松平容保(かたもり)につかえた武士。(中略)しかし、時代は風雲急をつげる幕末。毀誉褒貶(きよほうへん)と有為転変きわまりない運命を生きぬく》(読売新聞二〇〇五年二月六日付 竹内洋・京都大学教授による『落花は枝に還らずとも』[中村彰彦著]の書評より)
きよほうへん〉「毀誉」は悪口と賞賛のこと。また「褒貶」も同じく、ほめることとけなすことを意味している。そのふたつの語を重ねることで、意味を強めているわけだ。
ういてんぺん〉「有為」は、因縁によってできあがったこの世の一切合財のもの、あるいは変わりやすく、うつろいやすい本性をもつものを意味する。一方、「転変」はものごとが移り変わること。ふたつの言葉を重ねることで、この世は常に移り変わっており、いかにもはかないものだ、ということを教えている。

《「追悼・平和懇」が投げかけた問題は、実は学問的にも意味がある。それは、過去の歴史的記憶を、“場”との共振性を考慮に入れながら、いかに記念碑として残していくかということだ。戦争の記憶を視覚に訴える場に創(つく)る行為は、すでに他の国々では喧々囂々(けんけんごうごう)の議論の末に実現している》(読売新聞二〇〇五年六月九日付 御厨貴、山折哲雄、中西寛の三氏による[談論 靖国問題どう見るか]より)
けんけんごうごう〉「喧々」はがやがやと騒がしいさま。「囂々」はうるさく言い立てること。ふたつの語を重ねて、やかましく論議するさまや騒々しく収拾がつかない状態のことをいう。同じような意味で使われることばとして、「喧々諤々(けんけんがくがく)」があるが、実は、もともとは「侃々諤々」と「喧々囂々」が混同され、間違って使われているうちに通用するようになった語である。


《「どないなりますやろな、先生」と問われた哲学者が30秒以上も沈思黙考する。この「間」は活字では表現できまいし、放送なら「時間の無駄」とカットされるはずだ》(読売新聞二〇〇五年三月七日付 DVD「老年礼賛 "鶴見俊輔・岡部伊都子の対話"」の紹介記事より)
ちんしもっこう〉深く考え込むこと。「難題を前に沈思黙考する」などとつかう。

《日本の若い演劇界は百鬼夜行のありさまで、しかも西洋かぶれのチンピラの百鬼夜行だから、たまったものではない。そういう中で、唐十郎の存在は、確かに異彩を放っている》(読売新聞二〇〇五年三月一七日付 『[躍る!唐十郎](下) 「遺伝子」若い世代へ(連載)』より)
ひゃっきやぎょうひゃっきやこう〉夜になると、たくさんの物の怪(もののけ)・妖怪の類が出没することから、多くの人が人間らしからぬ、醜い行いをすることを意味する。

《日本のパソコンメーカーも安閑としてはいられまい。11社がしのぎを削り、青息吐息だが、幸いなことにデジタル家電で高い競争力を持つ》(朝日新聞二〇〇四年一二月一五日付 『IBM・聯想 パソコンつかんだ昇り竜(社説)』より)
あおいきといき〉青息吐息 困ったことや心配なできごとが起きて、ついため息をつくこと。または、その状態。


《検察側は「遺産相続を巡り、自分が損をしていると勝手に思いこみ、放火を計画した」と指摘。「犯行発覚に備え、警察への応戦用に火炎瓶を用意するなど用意周到な犯行。公判での傍若無人な態度は目に余り、更生の余地はない」と述べた》(読売新聞・西部版二〇〇五年六月一〇日付 福岡地裁における「放火2人殺害事件」の被告に対する無期求刑の報道記事より)
ぼうじゃくぶじん〉〝傍らに人無しが如し〟ということから、人のことなどかまわずに勝手気ままに振る舞ったり、人を人とも思わないことを意味する。「傍若無人の振る舞いは許せない」などとつかう。

《人は死ぬときに21グラムだけ軽くなる》と広告のコピーにあるが、それは枝葉末節にすぎない。心臓移植や人工授精などが描かれているが、それも単なる素材にすぎない。映画「21グラム」で描かれるのは、人を殺しても、自殺しようとしても、常に生き延びてしまう男と、生き延びるために手に入れた心臓を、みずからの手で無残に破壊してしまう男の、壮絶な戦いのドラマだ》(朝日新聞二〇〇四年六月五日付 森岡正博・大阪府立大教授による映画『21グラム』の紹介記事より)
しようまっせつ〉大勢には影響のない小さなこと。重要ではない細部のこと。

《「真っ赤に染まった甲府方面の空を眺めて、ただ切歯やく腕するだけだった」
 3日後、状況調査のための帰郷が許された。目にしたのは、阿鼻叫喚(あびきょうかん)の世界。舞鶴城公園の堀には、死体が水面を埋め尽くすように浮かび、地面には、焼夷弾の空筒が無数に突き刺さっていたという》(読売新聞二〇〇五年六月一二日付 『[甲斐春秋]空襲の記録=山梨』より)
せっし・やく・わん〉「切歯扼腕」と書く。歯をくいしばり、腕をつかんで悔しがること。「悔しさのあまり、切歯扼腕する」などとつかう。
あびきょうかん〉絶え間ない苦しみを受ける様子、むごたらしいさまのたとえ。「事故現場は阿鼻叫喚の惨状だった」などとつかう。この阿鼻叫喚は、「阿鼻地獄」と「叫喚地獄」を合わせた語。そもそも地獄には、①等活(とうかつ)地獄、②黒縄(こくじょう)地獄、③衆合(しゅごう)地獄、④叫喚(きょうかん)地獄、⑤大叫喚(だいきょうかん)地獄、⑥焦熱(しょうねつ)地獄、⑦大焦熱(だいしょうねつ)地獄、⑧阿鼻(あび)地獄=無間(むけん)地獄の八大地獄があるとされている。阿鼻地獄には、五逆と謗法(ほうぼう)を犯した大悪人が落ちると、そこで受ける責め苦は、ほかの地獄の千倍にあたるという。

《東京の中心部で、「サルを見た」との通報が相次いでいる。出没地点は渋谷から四谷、そして文京区、北区へとしだいに北上。同一のニホンザルとみられ、1週間で都内の4区を約15キロ縦断し、現在は赤羽周辺に落ち着いているようだ。警察や都の職員が捕獲を試みているが、神出鬼没なうえに逃げ足が速く、お手上げの状態が続いている》(朝日新聞二〇〇五年五月一八日付 『サル、都心駆ける 校庭・寺…縦断15キロ 渋谷〜四谷〜巣鴨〜王子〜赤羽』の記事より)
しんしゅつきぼつ〉鬼神のように、あちこちに自在に姿を現すこと。「神出鬼没の活躍」などとつかう。

《マルクス流の唯物史観がいかにあかんかったか。今から思えば荒唐無稽(むけい)なことだが、歴史の段階的な発展が信じられていた。まずは奴隷社会があり、それが農奴制になり、それから領主と農奴の封建社会になる。そして資本制から共産制へと発展する。現実をみたらそんなバカなことはありえない。唯物史観が世界のすべての文明に通じる一元的な進化を考えるのに対して、生態史観はそれぞれの土地の生態学的条件に応じた多元的進化を考える。1950年代はマルクス史観が全盛で、私の説は四面楚歌(そか)だったが、ソ連邦の崩壊によって唯物史観の破綻(はたん)は明らかになった》(読売新聞・大阪版二〇〇五年三月二三日付 『[歴史を語る]生態史観 新世界が興隆、平静な時代続く』での民族学者・梅棹忠夫氏の言葉)
こうとうむけい〉「荒」も「唐」も大きく、広いこと。言ったりしたりすることが、あまりにも支離滅裂でとりとめのないこと。でたらめ。「荒唐無稽な話に振り回される」などとつかう。
しめんそか〉まわり中敵だらけで、味方がいないこと。秦(しん)を滅ぼした楚(そ)の項羽(こうう)が、宿敵の漢(かん)の劉邦(りゅうほう)に敗れて包囲されたとき、劉邦(りゅうほう)に味方する将軍の韓信(かんしん)は、深夜、漢軍に楚の国の歌を歌わせた。それを聞いた項羽は自国の兵が降伏してしまったと思い込み、驚き嘆いたという逸話から、この語ができた。「四面楚歌の状態に追い込まれる」などとつかう。

《一九五三年の八戸市営魚菜小売市場開設に、当時市議だった父がかかわっていた。「父も地元の人たちを思って市営市場開設に力を尽くした。私も幼いころから親しんでいる市場のために頑張りたい。それに主婦歴が長いから買い物上手。安くておいしいものを紹介しますよ」と意気軒昂(けんこう)だ》(読売新聞二〇〇五年一月二二日付 『[ひと紀行・あおもり街物語]陸奥湊 主役はカッチャたち=青森』より)
いきけんこう〉元気なさま。威勢がいいこと。「彼は今日も意気軒昂だ」などとつかう。同義語に「意気衝天(いきしょうてん)」がある。

《「浦島太郎になっているかもしれない」と留保しつつも「頑迷固陋(ころう)な美術館のスタイルがまずあるべきで、美術館は今まで通り、あるいは今まで以上に頑張ればいい」と言い切る》(読売新聞二〇〇五年四月八日付 大阪・国立国際美術館の新館長・建畠晢氏の言葉)
がんめいころう〉「頑迷」は頑固でものの道理に暗いこと。「固陋」も、頑固で見識の狭いこと。ふたつの同義語を重ねて、非常に保守的なこと、あるいは頑固な人のことをいう。

《料理は進化しているが、石川の良さを残し、さらに進化させる温故知新の精神でメニューを作りました。今は天然のカモがおいしい時期で、石川独特の猟法についても語りたい》(読売新聞二〇〇五年二月二四日付 観光イベント「鉄人・道場の食談義『冬の陣』」のため石川県を訪れ、県庁を表敬訪問した道場六三郎氏の言葉)
おんこちしん〉「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る、以て師と為すべし」という孔子の教えから生まれた語。古いものごとを調べることで、新しい見解や知識を築き上げることが大切だという意味。

《フランス大会の予選も経験した川口能(磐田)は「8年前は予選を戦うだけで精いっぱいだったけれど、今の日本のレベルなら予選突破は当然。今後は世界で勝ち抜くことを考える」と言い切る。チーム内外での切磋琢磨(せっさたくま)が、日本代表をより大きく成長させることになる》(読売新聞二〇〇五年八月一〇日付 W杯出場決定後、帰国したサッカー日本代表のゴールキーパー・川口能氏の言葉)
せっさたくま〉「切磋」は玉を切り磨くこと。また、「琢」も「磨」の同様の意味をもっており、「切磋琢磨」で学問や道徳を学び、人を磨くこと、お互いに戒めあい、ものごとに努力することをいう。「お互いに切磋琢磨して成長する」などとつかう。

《銀行は、バブル崩壊後、厳しい金融危機に見舞われたが、日銀のゼロ金利政策などによって、経営が下支えされてきた。預金者へ支払われるべき利息を圧縮し、不良債権処理を加速することができた。また大銀行は、経営基盤強化のため合従連衡を進めている》(読売新聞二〇〇五年四月一六日付 解説記事『偽造カードと補償 銀行側ようやくルール作り 急がれる高度な予防策』より)
がっしょうれんこう〉もともとは、それぞれの国が、そのときどきの時機や状況に合わせ、連合して、強国に対抗するためにとる外交政策のこと。企業間が連合するような場合にもつかわれる。

《「家の隣が工場でね。忙しい時になると、深夜まで大きな音を出して仕事をしている。でも、オヤジもお袋も『お互い様だよ』と言って笑ってた。そういう意味では、昔の方がバランスが取れた考え方をしていたと思いますね。今みたいに権利ばかり主張せず、『お互いガマン』という持ちつ持たれつの生き方をした方が、絶対に楽しい人生だと思うんだけどね」
 若だんな然とした身なり。春風駘蕩(しゅんぷうたいとう)という言葉が似合う、ゆったりと明るい雰囲気。落語から抜け出たような人、なのである》(読売新聞二〇〇五年五月九日付 第一一代金原亭馬生氏のインタービュー記事より)
しゅんぷうたいとう〉春の風がそよそよと吹き渡るさまから、のどかな春の景色を表す語。あるいは人柄が穏やかなことをいう。