連載18
あなたはこの漢字を読めますか?
ザ・ライトスタッフオフィス「漢字研究会」

コラム 「柳腰」な話

「柳腰」はふつう「やなぎごし」と読むが、漢語風に「りゅうよう」とも読む。というよりか、「りゅうよう」である「柳腰」を訓読みしたのが「やなぎごし」なのだ。柳の枝のように、細くてしなやかな美人の腰つきを形容する語である。同じような例に、「黄泉」がある。これも漢語で「こうせん」と読まれたが、同じ意味の和語から「よみ」と訓じられるようになった。この場合、「黄泉の客」では「こうせん」と読み、「黄泉の国」では「よみ」と読む。
 このように読み方が、音読み・訓読みと二通りあるのに、意味は同じという熟語がいくつもある。「麦秋」も、「ばくしゅう」と読んだり、「むぎあき」と読んだりする。「山賊」は「さんぞく」とふつうは読むが、「やまだち」や特殊に「やまがつ」と読ませることもある。もっとも、「やまがつ」は一般的には「山賤」という漢字で表す。というのも、「やまがつ」は山中に住む猟師や木こりなどをあざけった語であるからだ。つまり、「やまがつ」は「さんぞく」より広い範囲の、または「さんぞく」とは区別される山の人を指す語だということもできる。だから、辞書では「やまがつ」を「山賊」とは漢字表記していない。
 同じ「山」でも「山家」は「やまが」「さんか」「さんげ」の三通りの読みがある。山中や山里にある家ということが、「やまが」「さんか」と読む「山家」の意味だが、「さんげ」「さんか」と読む「山家」には、仏教用語で〈中国・北宋時代に天台の正統を継承したという知礼の派〉〈比叡山延暦寺の別称〉という意味がある。「山家会・さんげえ」は天台宗が毎年六月四日の最澄の命日に行う法会のことである。こうなると、漢字は読み方ひとつで、ずいぶん異なる意味世界を開くことがわかる。この例では、読み方が異なっても意味が重複していたり、読み方が異なると意味が少しずれていたりするという、読み方の微妙なニュアンスを指し示している。
「名利」は何と読むか。「名利を追う」などでは、「めいり」だろう。しかし、古典の感じを出すためには、「みょうり」と読んだ方がよさそうだ。『徒然草』の「名利に使はれて、閑(しづ)かなる暇(いとま)なく、一生を苦しむるこそ、愚かなれ」の「名利」も、「みょうり」と読むようだ。もっとも歴史的仮名遣いでは、「みゃうり」になるが。いずれにせよ、「めいり」「みょうり」は、名誉と利益という意味を表している。
「面目ない」「面目躍如」などの「面目」は、「めんぼく」という読み方だけかと思っていたら、「めんもく」という読み方もあった。それだけでなく、古くから「めいぼく」「めぼく」とも読まれていたようだ。こうなると、どう読むかはその人の気分次第という気がしてくる(明治時代以前には、国語のテストなんて存在しなかったから、こういう現象が起こったのだろう)。いずれも、同じ意味を表していて、世間に対する名誉、物事の様子という意味だ。
 歌舞伎や講談などの激しい戦闘場面を指す「修羅場」を「しゅらば」と読むことは、誰でも知っているが、講談では「しらば」「ひらば」ともいうようだ。しかも、この語はもともと阿修羅が帝釈天と戦う場所という意味から出ている語なので、本来は「しゅらじょう」と読んだようだ。その語が歌舞伎に入って、「濡れ場」「愁嘆場」などと同じく「ば」と読まれるようになったらしい。いまでは「しゅらば」という読み方がすっかり一般化している。
「心底」は重箱読みで「しんそこ」とも、音読みで「しんてい」とも読む。両方とも、心の奥底という意味だ。ただし、「心底を明かす」や「心底ずく」は「しんそこ」とは読まずに、「しんてい」としか読まない。
 さて、次はいろんな読み方がある「家」の読み方に移る。まず「家並み」だが、これは「いえなみ」「やなみ」と両様に読む。「柳腰」のケースと一緒で、意味はまったく同じだ。「持ち家」の場合も、「もちいえ」「もちや」と両様に読む。とはいえ、「もちや」と読むのは公用語・法律用語に限定されるといってもいい。一般人は「もちや」なんて聞いたら「餅屋」を想像してしまうにちがいない。
 そういえば、法律ではずいぶん特殊な読み方をする。たとえば一般的には「ゆいごん」と読む「遺言」を「いごん」と読むし、「競売」も「きょうばい」とは読まずに「けいばい」と読ませる。「借家法」は「しゃくやほう」ではなく、「しゃっかほう」と読ませている。
 なぜ、法律用語はそうした特殊な読ませ方をするのかというと、画一性を重んじるためとされている。しかし、「柳腰」などのケースではその背景は容易に推測できる。要するに、雅な漢字遊びの心がそれを生んだのだ。自分の妻を「つま」と呼ばずに「さい」と音読みで呼ぶ、明治生まれの高等遊民的中年男に、その辺の事情がよく透けて見えるからだ。漢字の読み方は、その人の教養を垣間見せる。だから、漢字の読み方で遊ぶ、というわけだ。