連載19
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ザ・ライトスタッフオフィス「漢字研究会」

第五章 ことわざ・名言・慣用句の漢字を読みこなす


《--浜渦副知事を辞職させるという最終決断は、どう伝えたのか。
知事 最後は深夜2人で涙を流し合って話しましたよ。私としては泣いて馬謖(ばしょく)を斬(き)る以上に大事な人材を失うことになるからね》(毎日新聞二〇〇五年六月四日付 都議会自民、公明両党から浜渦武生副知事の辞職を迫られ、特別職一新の形で事態収拾を図った石原慎太郎知事の3日の定例記者会見での発言)
〈ないてばしょくをきる〉法律や規律を守るために、私情を捨てること。蜀の国の武将の馬謖は宰相の諸葛孔明の信頼が厚く、その命令を受けて、戦いに向かった。しかし、諸葛孔明の戦争の指揮に従わなかったために、敵の魏の国に大敗をしてしまった。諸葛孔明は、軍の規律が厳しいことを知らせるために、自分がかわいがり信頼していた馬謖を泣く泣く死刑にしたことから、この語ができた。

一縷の望み、悲鳴に 個別対応に県警変更 安否情報も混乱…被害者対策手探り》(読売新聞二〇〇五年五月一一日付 兵庫県尼崎市のJR福知山線での脱線事故報道の見出しより)
いちるののぞみ〉「縷」は糸のことで、「一縷」はひとすじの糸という意味。転じて、ごくわずか、かすかな望みという意味で使われる。芥川龍之介の小説「蜘蛛の糸」に出てくる糸のようなものだろう。

《イセザキ・モールの会場では、中国雑技芸術団が5年連続で参加。すっかりフェスティバルに定着し、同団体のパフォーマンスを目当てに来る観客も多いという。ホイールなどを使ったバランス芸を観衆は固唾(かたず)をのんで見つめ、成功すると、会場は拍手に包まれた》(毎日新聞二〇〇五年四月二四日付 横浜市の春の風物詩「第30回野毛大道芸」の報道記事より)
かたず〉「固唾」とは緊張したときに口の中にたまるつばのこと。そして、「固唾を呑む」とは、口にたまったつばをゴクリを飲み込みながら、息を殺して、事態の推移を見守ることをいう。

《各ホームに対し利用者にとって「終の棲家」となるような整備をするかどうかについてのアンケート結果もまとめた。3カ所のホームが「終の棲家」となるよう取り組んでおり、5カ所が看護条件などが整えば考えたいと答えている》(朝日新聞二〇〇五年五月一九日付  『グループホーム知る手がかりに 高齢者用にNPOが情報誌』の記事より)
ついのすみか〉「終」には、つまるところ、最後、果てという意味がある。最近では、定年後、住み慣れた家を離れ、国内外を問わず新たな土地に「終の棲家」を求める人たちが増えている。

巧言令色鮮(すくな)し仁という言葉が人口に膾炙(かいしゃ)してきた。そのせいか、日本の会議は、「会」(集まり)はあっても「議」(論)はないことが多かった》(読売新聞二〇〇五年三月一三日付 竹内洋・京都大学教授による『論力の時代』[宮原浩二郎著]の書評より)
こうげんれいしょく〉「巧言」は口先だけのお世辞が上手でうまいこと。また「令色」は相手の顔色をうかがい、こびへつらうことをいう。いずれにしても、あまりいい生き方とはされないが、「巧言令色鮮(すくな)し仁(じん)」――つまり、おべっかばかり言って、他人の顔色ばかりうかがっているような人に、りっぱな人は少ないということである。

《全面統合の基本合意を結んだ三菱東京とUFJの対応についても「最高裁の結果によっては、また凍結になる。最高裁の結果を待つべきだったのではないか」と批判。最高裁で主張が認められた場合は「UFJと真剣に話し合いを開始する。覆水盆に返らずとは思っていない」と語り、UFJとの再交渉に意欲を見せた》(朝日新聞二〇〇四年八月一四日付 『「不誠実な行為を助長」 統合巡る高裁決定を批判 住信・高橋社長』の記事より)
ふくすいぼんにかえらず〉一度別れた夫婦の仲は、もう二度と元へ戻らないことから、一度してしまったことはやり直すことができず、取り返しがつかないことをいう。
昔、中国周の太公望が若い頃、読書ばかりして貧乏だったので、妻は離婚して去ってしまった。しかし、後になって太公望が出世すると、彼女は復縁を求めてきた。そのとき、彼は盆に入っている水をこぼし、この水をもとに返せたら願いを聞いてやろうといって復縁を断ったという故事よりうまれたことば。類語「落花枝に上り難し」「破鏡再び照らさず」

蟷螂の斧の一途に道譲る(一宮市)渡辺邦晴 【評】「蟷螂の斧」とは無謀で、身のほどをわきまえないたとえではあるが、掲出句の作者はこの勇気を讃えたかったのであろう。あるいは「無謀」さに「道」を「譲」った方が得策だと考えたのかも知れない。いずれにせよ「道譲る」がおもしろい》(朝日新聞二〇〇四年六月十五日付 あいち柳檀 山口晃選 /愛知の記事より)
とうろうのおの〉非力をかえりみず、強敵に反抗すること。「蟷螂」とはカマキリのことだが、次のような『韓詩外伝』の逸話よりうまれたことば。
春秋時代の初め、斉の荘公が狩にゆくとカマキリが前足をふりあげて、荘公の車の車輪に討ってかかろうとした。虫ながらも進むことを知って退くことを知らないカマキリのようすを見た荘公は、「これが人間なら天下に並ぶものの無い勇士であったろう」と言って、よけて進んだという。


《映画作家の腕くらべは、着想にも技法にも工夫をこらしてさすがに見事である。(中略)老人は大きな樹(き)のかげに休み、"その周りには家もなく、人気もない" 若者に水を探して来てくれと頼む。若者はその場を離れて町へ行き、多くの人に出会い、そこがドイツではなく、イタリアであることを知り、女とつき合い、食事をし、恋愛をし、結婚し、要するに人生を経験し、最後に老人を思い出して樹の下へ戻る。樹かげには出かけた時と同じように老人が座っていて、邯鄲の夢からさめた少年が道士の黍(きび)がまだ煮えていないのを見出(みいだ)したように、老人が「待っていたよ」と言う声を聞くのである。老人の周りとイタリア人の社会とは、別の二つの世界であり、そこには別の言語・宗教・風俗習慣があると共に別の時間が流れているのだ》(朝日新聞二〇〇四年一月二二日付 映画・時間について 加藤周一(夕陽妄語)の記事より)
かんたんのゆめ〉人生で望む、出世や富、また栄枯盛衰などというものは、はかなくて、夢のようなものだという意味。『枕中記』の故事から生まれたことば。邯鄲で盧生が見た栄華の夢のこと。貧乏で立身出世を望んでいた盧生という青年が、趙の都、邯鄲で呂翁という仙人から、栄華が意のままになるという枕を借り、転寝をしたところ、富貴を窮めた五〇余年の夢を見たが、覚めてみると炊き掛けていた粟がまだ煮えないほどの短い間であった。類語「一炊(いつすい)の夢」
《なにせこの作家、八八年『そして夜は甦(よみがえ)る』でデビュー、翌年第二作『私が殺した少女』で直木賞受賞。九〇年『天使たちの探偵』九五年『さらば長き眠り』と私立探偵・沢崎シリーズを書きつぎ、エッセイ集『ミステリオーソ/映画とジャズと小説と』を上梓(じょうし)するが、作品は後にも先にもこれっきり。しかも版元は早川書房ときて、九年も沈潜すればいわば "伝説" の人なのだが、まことにファンはありがたいもの、「伝説の男が、帰ってきた」とあおられりゃ随喜の涙で財布の紐(ひも)を解く》(朝日新聞二〇〇五年一月二十三日付 原りょうの新作『愚か者死すべし』の紹介記事より)
ずいきのなみだ〉心の底から喜んで、流す涙のこと。

命あっての物種と笑える実感や、何の力が作用したのかという事後の安堵(あんど)感。同じ台風23号で床下浸水したわが家の記憶と、水没バスの写真を見るにつけその感慨は一層身近に感じる》(朝日新聞二〇〇四年一一月二五日付 「奇跡を呼んだ知力とパワー(声)」より)
いのちあってのものだね〉命こそ、すべてのもと。生きていてこそ、意味があるという意味で使われる。

《映画は、1846年の、ニューヨークの下町の、先住移民と新参のアイルランド移民との抗争で幕を開ける。そして16年後の、アイルランド移民の若者(レオナルド・ディカプリオ)の登場で本筋に入る。彼は、かつての抗争で父を殺した先住移民のボス(ダニエル・デイ・ルイス)への復讐(ふくしゅう)を胸に秘めている。目端が利く若者は、息子がいないボスに重用される。若者はまた、ボスに育てられた女スリ(キャメロン・ディアス)に恋をする》(朝日新聞二〇〇二年一二月二六日付 映画『ギャング・オブ・ニューヨーク』の紹介記事より)
めはしがきく〉機転がきき、その場に応じて如才なく立ち回れること。