連載6
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ザ・ライトスタッフオフィス「漢字研究会」

コラム 辞書に載っていない語

「参稼報酬(さんかほうしゅう)」という語を、かつてスポーツ新聞でよく見た。シーズンオフのストーブリーグになると、決まって「来シーズンの××の参稼報酬は……」などと書き立てられていたものだが、そういえばこのところあまり見ない気がする。「イチローの来シーズンの参稼報酬は……」なんて、聞いたことも見たこともない。あれは長嶋茂や王貞治が全盛だった時代までの語で、いまや死語になってしまったのだろうか。
 それはそれでしかたがないが、この「参稼報酬」がかつては辞書に載っていなかった。死語になってからようやく取り上げる辞書も出てきたが。かつては「参稼」すら載っていなかった(唯一載っていたのが、『明解国語辞典』だったのではないか)。「参稼報酬」とはひとくちでいってしまえば、〈給料〉のことだ。「参稼」とはある団体に一員として参加したものが特殊な技能を生かして働くこと。これくらい辞書に載せてよ、といいたくなるでしょう?
「みかじめ(見ヶ〆)」というのも、最近まで辞書に載っていなかった。これは、とある業界の用語で、〈取り締まること、監督すること〉という意味だ。「みかじめ料」などと使われる。「ショバ代」と同じような意味だ。この業界の用語に関しては国語辞書業界はきわめて冷淡で、誰もが知っている「代紋」という語は、いまだにどの辞書にも載っていない(おそらく)。
 国語辞書業界が冷淡なのは、なにもこの特定業界に対してだけではなく、受験・塾業界に対しても同様で、最近まで「少人数・しょうにんずう」は載っていなかった。その理由は、日本語の本来の用法は「小人数・こにんずう」だというもの。受験・塾業界は「少人数制」「少人数教室」を謳い文句にしていたが、国語辞書のそれに対する態度は、それをいうなら「小人数制」「小人数教室」でしょ、というもの。なんとも素っ気なく味気ない。「少人数教室」なら少数精鋭という感じでなにかやる気を引き起こす感じがするが、「小人数教室」では、なんか閑散としている感じばかりではないか。
 医学用語にも国語辞書は冷たいようだ。医学用語で定着している「片頭痛」という漢字表記をほとんどの辞書は採用していない。「偏頭痛」という漢字表記のみだ。医学用語といえば、これは漢字表記には関係ないが、「リウマチ」に対する国語辞書の態度が、実に印象的だ。「ギョエテとは己のことかとゲーテ言い」という川柳があったが、その伝で「リウマチ」も「ロイマチス」から始まって「ロイマチ」「リューマチ」と、さまざまに呼ばれた。医学界では学会も患者会も、いずれも「リウマチ」と呼んでいるのに、新聞は「リューマチ」と表記しつづけたという歴史もあった(現在はそうではなくなったが)。
 しかし、国語辞書業界が実は最も冷淡に扱っているのは「性表現」の分野なのではないか、と思う。たとえば、性行為の基本中の基本、「抽送」を掲載している辞書はあるのだろうか(ないはずだ)。「抽」は〈ひく〉、「送」は〈おす〉、引いたり押したりするあの腰の動きを「抽送」というのだが、国語辞書は知らんぷり。「抽送運動」「ピストン運動」などとも、盛んに性表現の分野では使われるんですがね。かの有名な「広辞苑」には「フェラチオ」の項目すらない。「フェラチオ」はふつう「フェライト」と「フェリー」の間に項目を立てられるのだが、「広辞苑」では「フェライト」の次が「フェリー」になっている。これは、フェライトとフェリーの間に闇があるということだ。「広辞苑」を調べる際には、ぜひこの闇を見てください。深い闇です。
 それと関係があるのかどうか。「初体験」という語も、国語辞書ではあまり取り上げられていないようだ。この「初体験」という語には、しかし隠されている問題があるようだ。まず、どう読んだらいいのか。「はつたいけん」なのか、「しょたいけん」なのか。小学館の『新選国語辞典』第8版には「はつたいけん」の読みでこうある。《はじめて体験すること。特に、はじめて性交を体験すること》――果たしてこれでいいのかだろうか。
「はつたいけん」である「初体験」は、「初お目見え」や「初詣」「初登場」「初がつお」などと同じく、〈はじめてのもの・こと〉であることを示す「初(はつ)+熟語」のパターンの語だ。「きょう、モンゴル料理を初体験した」「ダイビングを初体験してきた」などという文脈で使う。
 これに対して、「しょたいけん」である「初体験」は、いわば三字熟語のひとつというべきものだ。そうなると、〈初めての体験〉それ自体が独特の意味を持つ体験ということになる。いってみれば、「はつたいけん」の特例版ということだ。それが「しょたいけん」としての「初体験」なのである。そうなれば、〈はじめての性交〉以外の意味はありえないだろう。実際に聞いてみるといい。アダルト・アイドルなんかにインタビューしているときは、決まって「しょたいけんは?」といっているはずだ。「はつたいけん」なんていうやつは、野暮天もいいところ。
「初舞台」は、「はつぶたい」であって、決して「しょぶたい」とはいわない。「初登場」も、「しょとうじょう」とはいわない。
 意外に思われるかもしれないが、「未登峰」も辞書には出ていない。これは「未登頂峰」が短縮化されて生み出された語なのだが、不思議なことに辞書では調べられない。共同通信が出している用語集には、足を踏み入れていないという意味の「未踏」を用いて「未踏峰」という用例が載っているが、登頂したことがないという「未登峰」のニュアンスとは、ずいぶん異なる。頂上を極めていないというよりも、そこに誰も行ったことがないという感じを与える。
 最後にもうひとつ、時代劇でときどき出てくる「おやかたさま」という語、これも辞書には出ていない。だからなのか、「親方様」だと勘違いしている人が多い。「親方」+「様」なのではない。「御」+「館(屋形)」+「様」なのだ。つまり、「館様」の丁寧語バージョンということだ。武士の小ボスはいずれも館を構え、一族郎党に「館様」と呼ばれていた。
 こう見てくると、国語辞書は変なところで片意地だったり、冷淡だったりすることがわかる。そうそう、学校での国語の授業みたいに、だ。